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百人の物語 > (第19回)第23回世界オセロ選手権イタリア・ミラノ大会
オセロ史を飾った百人の名選手の物語 |
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(第19回) |
第23回世界オセロ選手権イタリア・ミラノ大会、日本6連覇成らず!鉄腕(パワフル)・シェイマン(オランダ)が、青木和音(準決勝)、中島哲也(決勝)を破って2度目の世界制覇!!
(1999年10月28日〜30日)
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(第19回) |
第23回世界オセロ選手権イタリア・ミラノ大会、日本6連覇成らず!鉄腕(パワフル)・シェイマン(オランダ)が、青木和音(準決勝)、中島哲也(決勝)を破って2度目の世界制覇!!
(1999年10月28日〜30日)
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1. |
情勢の変化・ここからオセロ現代史(1999年〜 ) |
☆第23回世界オセロ選手権
ベスト8(1999.10.30.ミラノ)
1 2 3 4 5 6 7 8
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D.シェイマン 中島 哲也 青木 和音 J.ホグランド F.マルコーニ I.リーダー E.カスパール R.シェライバー
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オランダ 日本 日本 ノルウェー イタリア イギリス フランス アメリカ
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14 | 佐野 洋子 | 日本 |
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☆1999年度以降のオセロの世界チャンピオン
と準優勝者及び開催国一覧
回 |
世界チャンピオン |
代表 |
|
準優勝 |
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年度 |
開催国 |
23 |
D.シェイマン |
オランダ |
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中島 哲也 日本 |
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1999 |
イタリア |
24 |
村上 健 |
日本 |
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B.ローズ アメリカ |
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2000 |
デンマーク |
25 |
B.ローズ |
アメリカ |
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R.シュライバー アメリカ |
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2001 |
アメリカ |
26 |
D.シェイマン |
オランダ |
|
B.シーリー アメリカ |
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2002 |
オランダ |
27 |
B.シーリー |
アメリカ |
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末國 誠 日本 |
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2003 |
スウェーデン |
28 |
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2004 |
イギリス |
29 |
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2005 |
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30 |
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2006 |
日本 |
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囲碁・チェス・オセロの世界チャンピオン最年少記録はいずれも10代(当連載第8回参照)ですが、その中にあって一際輝いているのがオセロ第6回世界選手権大会(1982年、ストックホルム)で谷田邦彦(当時15才、現パイロット)が上記D.シェイマン(当時16才、現弁護士)を決勝で破って獲得した15才・世界チャンピオンのギネスブックにも載った不抜の大記録です。
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第27回全日本少年少女決勝
黒 |
平井 俊光 |
(関西 中1) |
0 |
白 |
青木 和音 |
(東京 中3) |
64 |
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「その不抜の大記録を抜くのではないか?」と皆をハラハラさせたのが、上記の青木和音四段(14才、全日本少年少女オセロチャンピオン、麻布学園中3、現東大1年)でした。青木君は、1999年7月25日の全日本オセロ選手権大会少年少女の部で唯1人7戦全勝、特に決勝はパーフェクト勝(右図)というダントツの強さで優勝し、女子の部2連覇の佐野洋子五段と共に秋の世界大会日本代表となり、2人がどこ迄善戦できるか皆が暖い目で見守っていたのでした。
青木君は、全日本少年少女の部初出場の前年(中2)の時は3勝3敗19位でしたが、この1年間に村上健先生(世界チャンピオン)の指導の下に大変身したのでした。そして、夏の全日本大会から秋の世界大会迄の3カ月間に再び大変身!
2. |
1999年(平成11年)のオセロ名人戦、全日本選手権、世界選手権 |
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A. |
春、第20期オセロ名人戦(1999.3.28〜4.4) |
☆挑戦者選出大会(3月28日、新宿宇宙)
順 位 |
Aリーグ 段,年齢,代表 |
Bリーグ 〃 |
Cリーグ 〃 |
Dリーグ 〃 |
1 |
冨永 健太 四,21,神奈川 |
坂口 和大 六,31,東京 |
B.ローズ 五,34,東京 |
滝沢 雅樹 八,34,新潟 |
2 |
松井 貴史 二,27,中四国 |
荒木 靖之 五,31,東関東 |
能村 寿一 四,38,北海道 |
村上 健 八,34,全日本 |
3 |
内藤 好人 三,29,東北 |
冨永 淳一 三,25,神奈川 |
後藤 昭彦 五,29,北関東 |
松本 裕之 三,21,中部 |
4 |
佐々木禎行 二,24,新潟 |
管生 貴裕 三,17,関西 |
大八木茂生 二,33,九州 |
玉川 博隆 二,26,東海 |
I.挑戦者選出A〜Dリーグ特選譜(左が黒番、1999.3.28)
地区オセロ名人の能村寿一(北海道)、荒木靖之(東関東)、松井貴史(中四国)とシードの世界チャンピオン・村上健の4選手は、この特選譜の惜敗のため2勝1敗となり予選落ち!
II.挑戦者選出決勝トーナメント(3.28)
A〜D4リーグの優勝者4人による決勝トーナメントの結果は新鋭・冨永健太四段が初優勝して、3連覇を狙う中島哲也名人への挑戦権を獲得しました。
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III. |
チャンスはあるもの、負けたのはそのチャンスを掴まなかったからである(この場面)! |
実戦で黒(ローズ)が打ったは、正解に比べて6石損の悪手で、ここで形勢逆転です。
もう1例。図示はしませんが準決勝坂口対ローズ戦の場合でも、を1路左の上辺B打ち(の場所)して黒のブラックラインを通しておけば形勢は全く互角(正解)。実戦は部分の形に目が行って黒のブラックライン通しを忘れた18石損の大悪手で、すかさず白(ローズ)にと逆にブラックライン通しの自慢のX打ちを打たれて黒はしびれました。
☆爽やかな名人交代劇、21才の冨永健太新名人誕生!
I.第20期オセロ名人戦4番勝負(1999.4.4(日).小金井市公民館)
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黒 |
挑戦者 |
冨永健太 |
40 |
白 |
名人 |
中島哲也 |
24 |
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黒 |
名人 |
中島哲也 |
28 |
白 |
挑戦者 |
冨永健太 |
36 |
| |
黒 |
挑戦者 |
冨永健太 |
39 |
白 |
名人 |
中島哲也 |
25 |
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超音速で実力をつけた男の登場!
ビッグタイトル初登場の挑戦者冨永新五段。
名人戦は中島名人の舞台であり、中島名人の防衛(3連覇)というのが大方の予想だったのでしたが…。
しかし、予想は過去のデータから作り出されるもの、そのデータの中に「超音速の進歩」が入っていなかったら、予想は外れて当り前?とに角、そんな感じのする今回のオセロ名人戦4番勝負で、何と冨永挑戦者の3番ストレート勝ち、内容も勢いも挑戦者側にあったのでした。
(注) オセロニュースNo.66に佐々木惣平初段(ニックネーム・3秒の勝負師、現グランドオセロ名人、北海道在)による“第20期オセロ名人戦4番勝負観戦記”と題するとても面白く書かれた詳細な文が載っています。
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中島前名人(左)と冨永新名人。
中島前名人の挨拶は爽やかで、名人戦実行委員長の下之園理事が「素晴しい挨拶ですね」とささやき、審判長の中田理事が笑顔でそれに大きくうなずいていたのが印象的。
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II.天王山に打つか、打たれるかが勝敗の分れ目だった(第3局)!
原図(第3局) Bが天王山!
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は?
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2図(実戦)、天王山に打つ!黒、局面の主導権を握る。
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I 図(正解)天王山に打つ!中央中割り、美しい形。
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II 図(正解手順)とX打ちして手待ち!
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| =
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原図でBは天王山(先に占拠した方が有利になる場所)なのは、中島名人ほどの打ち手なら瞬時に見えた筈、もし、3図と天王山に打っていたら、オセロの歴史も変った動きをしていたでしょう。
しかし、実戦では白は何故かこの天王山打ちのチャンスを逃してしまいました(1図)。すかさず、黒から天王山を占拠され(2図)、早くも白は大苦戦!
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III 図(II’図からの想定例) 白、2石リード!
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B. |
夏、第26回全日本オセロ選手権大会 (1998.7.26.日.於日本青年館) |
☆無差別の部ベスト8一覧
ベ ス ト |
名 |
年 |
出場 回数 |
代表 |
オセロ実績 |
職業 |
1 |
冨永 健太 |
21 |
4 |
シード 名人 |
名人 |
大学生 |
2 |
滝沢雅樹 |
34 |
16 |
新潟 |
1994世界 チャンピオン |
教員 |
3 |
末國 誠 |
21 |
14 |
東京 |
1997世界 チャンピオン |
大学生 |
4 |
野田敏達 |
26 |
6 |
神奈川 |
四段 |
会社員 |
5 |
宮崎 純 |
34 |
17 |
東海 |
五段 |
会社員 |
6 |
土田英二 |
28 |
4 |
東京 |
三段 |
研究員 |
7 |
村上 健 |
34 |
15 |
シード 全日本 |
世界 チャンピオン |
教員 |
8 |
坂口和大 |
31 |
19 |
東京 |
1995名人 |
会社員 |
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☆冨永健太名人、全日本の舞台も超音速で駆け抜ける!
昨年(1998)の第26回全日本では、予選Fリーグを抜け出せず予選落ちした冨永健太四段は、今年(1999.3.28)の名人挑戦者選出大会に優勝して五段になり、その1週間後(4.4)新名人になり六段に昇段、そして全日本でも優勝(7.25)して七段へ。
3月28日から7月25日迄の4カ月足らずの間に一流オセラー相手に公式戦を15局勝って全勝という快記録!
右の写真で、冨永健太と青木和音はこの1年で超音速で実力つけて初優勝、女子の部連覇の佐野洋子と共に3人は秋のミラノ世界オセロ選手権の日本代表に決定。半田は2回目、香取は4回目の優勝。なお盲人の部は今回(第20回)をもって終了(卒業)となり、翌年からは盲人も盲人用オセロ盤と石を使って一般人に自由挑戦できるようになりました。そして4年8カ月後、第25期オセロ名人戦(2004年3月27日)のマスターの部で、香取通浩三段(盲人)が見事初優勝し四段位を獲得!
☆無差別の部特選譜(7局、左の名が先番、1999.7.25)
(注)… |
滝沢信行 ( |
4世名人、1993全日本チャンピオン、31才、出場19回、東関東代表、教員)
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香川陽一 ( |
23才、初出場、北関東代表、予選Lリーグで北島秀樹五段も破って3戦全勝、大学職員) |
(注)… |
野田敏達 ( |
26才、出場6回、神奈川代表、会社員、ベスト16で手塚博久六世名人を破る。五段へ) |
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☆摩訶不思議流・冨永オセロの強さの謎に迫る!
1998年後半、学生オセロ選手権優勝、関東オープン・A級オセロ開催200回記念特別大会優勝で注目され出した大学生・冨永健太四段は、1999年に入ると今度は、全国規模の名人戦、全日本選手権で地区予選を勝ち抜いてきた強豪相手に連勝連勝して、忽ち名人・全日本チャンピオンの2冠王!四段から七段へ三段飛び!
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摩訶不思議流 I “序盤戦の中辺の横取り”!
オセロでは、序盤段階での“X打ち(無条件で☆を取られる!)”と“中辺の横取り(壁ができる!)”は不可が常識。
しかし、名人には定石はありません。
原図Iの局面は、上記滝沢信行対冨永(白)戦の序盤。ここから冨永名人(白)は平然として中辺の横取りと打ちました。「1図は、下辺に白壁ができるが、これで白充分打てる!」という判断です。その形勢判断が正しかったことは、以後の実戦の経過がそれを証明しています。
摩訶不思議流 II、“敢えて天王山を作り相手に打たせる”!
「天王山は絶対打て、打たすな」がオセロ格言。
原図 II は全日本決勝・冨永健太(黒)対滝沢雅樹戦の中盤。ここで打ったが摩訶不思議の1手で、天王山ア(双方共打ちたい所)が出現(2図)。「しかし、天王山にと打たれてもと中割りして充分打てる!」が黒の大局観で、実際と打って白の動きを催促した6図では黒の打ち易い形勢になっています。
実戦は、その後黒優勢のまま終盤戦に入り、そのまま押し切るかと思われましたが、ゴールが見えた所で突然黒の歩調が乱れました。は8石損の悪手(正解は1路上のA打ち)、続くも4石損の悪手(正解はX打ち)、それでも辛うじて2石残っていた黒(冨永)の強運!
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決勝1番勝負を打つ滝沢八段(左)と冨永名人
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C. |
秋、第23回世界オセロ選手権イタリア・ミラノ大会 (1999.10.28〜30) |
☆突然のアクシデントの中での決定
全日本チャンピオン・名人冨永健太不出場の報がミラノのホテルにいる我々の下に入ったのは10月27日の午前、急なことで、前例もないので困りました。日本オセロ連盟の規定によれば、「代表者辞退の場合はスポンサー及び常任理事会に一任」ですが、世界選手権出場選手の変更は、前夜祭(10月27日)の前迄に主催者側に届け出てその許可を取らなければなりません。
時のオセロ日本一が不出場、実力No.2は2人(全日本2位・滝沢、名人戦2位中島)ですが、滝沢九世名人は小学校の先生で数十人の生徒を持つ立場から考えても突然のミラノ行きは不可能。そこで、偶然取材を兼ねてミラノに来ていた中島十世名人に、「準備なしでは大変でしょうが、この際出場をお願いしたい。」と申し出て、彼も突然のことなので大いに悩んだようですが、結局、中島哲也十世名人の出場が決定しました。
(注)…後で、冨永健太十一世名人本人から直接聞いた所によれば、「当日は早めに家を出発したのだが、乗る電車を間違えたために成田着が遅れてミラノ行きが既に飛び去っていたのが今回の事件の発端」とのことでした。
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青木和音選手の弟恵音君(中1、現在はヴァイオリンでロシア留学中)のヴァイオリン演奏(T.A.ヴィターリ作曲“ジャコンヌ”)に皆聞きほれる!
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☆華やかで楽しい前夜祭(10月27日)
恒例の前夜祭(ウェルカム・パーティー)では、全選手が明日の第1試合のクジを引いて対戦相手を確かめると、ワイングラスを片手に和やかにガヤガヤと歓談。国も言葉も違うのに英語という便利な国際語があるので、誰とでもしゃべり笑いあえる楽しい会合!フランス代表の柏原卓司選手(パリ在、大学の数学の先生、夫人はフランス人)が、日本語で「オセロ大観 I、IIは全部読み、並べました。」と事もなげに言ったのには筆者もビックリ。世界チャンピオンの村上健氏が「オセロ大観 I、IIを全部読み並べるには、2年位かかるでしょう。」と語ったのを知っていたからです。
☆“上位4人”を目指し、2日で13局打つ予選リーグの激しい順位争い!
参加国15…日本、イタリア、アメリカ、イギリス、フランス、イスラエル、ベルギー、インドネシア、デンマーク、チェコ、オランダ、ノルウェー、オーストラリア、マダガスカル、ロシア(以上 団体戦順位、日本が団体戦初優勝)
選手34名の総合順位は各ラウンド毎にすぐ発表(ベスト4の推移)10月28〜29日
順位 |
第1局 |
第2局 |
第3局 |
第6局 |
第7局 |
第8局 |
第9局 |
第12局 |
第13局 |
1位 |
柏原 |
カスパール |
マルコーニ |
マルコーニ |
青木 |
青木 |
青木 |
青木 |
中島 |
2位 |
マルコーニ |
ジュエム |
シルヴォラ |
中島 |
シルヴォラ |
ホグランド |
中島 |
中島 |
シェイマン |
3位 |
中島 |
シルヴォラ |
シェイマン |
青木 |
ホグランド |
シェイマン |
ホグランド |
シェイマン |
青木 |
4位 |
コルディー |
柏原 |
青木 |
シルヴォラ |
シェイマン |
中島 |
シェイマン |
ホグランド |
ホグランド |
(注) |
予選最終順位 11位A.コルディー(ベルギー)、20位P.ジュエム(フランス)、9位A.シルヴォラ(イタリア)、23位柏原卓司(フランス)
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天下の世界の強豪相手に14才の少年チャンピオン青木和音が第1日目終了の時点(第7局)でトップに立った!そこには3カ月前の少年チャンピオンから再度変身した14才の一流オセラー青木和音がありました。第7局では中島哲也も破ったのです。
翌日も青木は快進撃、第8局でシルヴォラを破り、第9局ではシェイマンにも勝って依然としてトップでひた走り!「或は、ひょっとするとひょっとするかも知れませんね(14才世界チャンピオンの新記録の実現)。」と控え室で土戸啓三郎日本オセロ連盟専務理事は語りました。第2日目になってエンジン全開になった中島は第8局シュライバーに勝ち、第9局ホグランドを破って2位に躍進!世界オセロ選手権大会の歴史の中で、初めて見る日本代表2人による上位独占の出現です。この2人による上位独占は、第9,10,11,12局と続きます。「明日は、きっと初の日本代表同士による決勝3番勝負になりますね。そうなれば気楽です。どっちが勝ってもいい訳ですから。」と土戸氏はにこやかにいいました。
しかし、予想通りに事が運ばないのが現実です。第13局で、中島、シェイマン、ホグランドは勝って、青木が剛力(ストロング)・カスパールに負けたため順位が変り、そこからオセロ史は大変動していったのでした。それにしても、2日目の中島の追い込みは見事、唯1人6戦全勝で結局1位で予選通過は流石実力者!
☆第23回世界オセロ選手権大会予選リーグ特選譜(6局)
☆青木が台風眼(テンペスト)・カスパールに敗れた1局の波紋は、翌日の大嵐となった!!
大暴風雨圏内の中心に生ずる無風で静かな区域が台風眼で、一見穏やかに見えて実は大変な場所。全日本選手権は持時間も短く(20分持)、1局でも負けたら即アウトの1日終了(7連勝で優勝決定)ですから1局1局ピリピリした雰囲気です。それとはちがい、世界選手権予選リーグは持時間も長く(30分持)、2日かけて13局打つ長道中で、途中1局や2局負けてもどうということはなく、要は最終的にベスト4(1位中島11勝2敗、4位ホグランド9勝3敗1引分)に入りさえすれば翌日の決勝トーナメント(40分持、3番勝負を2回)出場権が得られる訳です。既に第12局迄の貯金で第13局の勝敗に関係なく決勝トーナメント出場が決定していた若い14才の青木の気持ちが緩んだ(本人の反省の文)のも仕方のないことでした(実戦原図I、II、III参照)。
ただし、実はこの第13局青木対カスパール戦こそ、タイトルに直接関係する重要な1局だったのです。この戦いに青木が勝っていたら、翌日の準決勝は青木対ホグランド、中島対シェイマンになり、青木は決勝に進出、中島も多分シェイマンを下して決勝進出、土戸氏の予言適中となっていたでしょう。
しかし、現実では、青木がカスパールに敗れたのが直接の原因となって翌日は台風となり、青木は準決勝で敗れ、中島も決勝で惜敗!
(注)…
剛力(ストロング)・カスパールは台風眼(テンペスト)・カスパールともいわれてます。第26回世界選手権(2002年秋)では北島秀樹名人は予選リーグでカスパールに敗れた1敗が原因となってベスト4入りを逃し(5位)、もしベスト4入りさえすれば40分持ち得意の北島がタイトル取った可能性大。第27回世界選手権(2003年秋)では、末國誠名人が予選でカスパールに敗れた1敗が原因となって翌日は大嵐となり、確実視されていた初の日本代表同士(末國対後藤宏)の優勝決定戦は幻となり、シーリー(アメリカ)が優勝!
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命運を分けた第13局・青木(黒)対カスパール戦のこの場面(原図 I、II、III)!
原図 I
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は?
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原図 II
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は?
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原図 III
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は?
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(正解)黒ア(中割り)、黒4石リード。
実戦・黒☆(4石損)早すぎた余裕手の放出。
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(正解)黒A(黒4石リード)迷ったらA打ち(オセロ格言)。
実戦・黒イ(4石損)。
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(正解)黒A(黒4石リード)
実戦・黒X(4石損)
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運命の第13局を戦う台風眼(テンペスト)・カスパール(左・フランス)と偉大なる未完成・青木和音(14才)。
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原図I、II、IIIはいずれも難解な局面ですが、そこで正解を打ってこそ世界チャンピオンへの道は開かれます。青木は上記の局面で3度共間違えました。尤も、カスパールも(4石損、正解は右辺A)、(4石損、正解はウ)と悪手のお付き合いをしたので、黒に3度目のチャンス(原図III)が訪れたのですが、そこで又々間違えてからは黒勝のチャンスなし。
原図IIIから、X打ちは、ブラックラインを通した勝負手だが肝心の読みに盲点があった(4石損)!が好手。☆(2石損。正解はX1)。は平凡な稼ぎ(2石損、正解A)。☆1(2石損、正解B)。(2石損、正解B)と黒は損を重ねて徐々に差が開いて行きました。今、こうして並べて見ると、石を通して5年前の青木少年の心の動揺がひしひしと伝わってきます。その心の動揺が翌日の準決勝第3局の敗戦に直結してしまったようです(もしも、準決勝ホグランド対青木なら青木が勝つだろう。その勢いに乗って決勝青木対シェイマン(又は中島)だったなら、全く別の展開になり、優勝者も変っていたかも知れません)。
☆予選リーグ上位4名による決勝トーナメント(40分持、1999.10.30)
I.決勝トーナメント全8局(左の選手名が先番)
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オセロ世界一の座を賭した決勝3番勝負は壮絶な打撃戦となった。戦いすんで日が暮れて、ビクトリディナーの席で仲良く並んだ中島哲也(左)とD.シェイマン。
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II.準決勝3番勝負の内容と結果
青木は技量でも体力でもシェイマンに一歩も引けを取らずに善戦健闘、勝負は第3局に持ち越されましたが、ここで青木の経験不足が出てしまいました。全日本(20分持)ではちょっと考えてるとすぐ時間切れ負けが迫ってくるので早打ちも勝負のうちですが、ここ(40分持)では時間を使うのも勝負のうち。を右辺A打ち(迷ったらA打ちは格言)すれば黒はここで局面の主導権を握れたのでした(ここで1分も考えて局面全体を見渡せば、右辺A打ちに目が行った筈で、青木も後日それを認めています)。
しかし、実戦では青木はノータイムでを左辺B打ち(一見好手に見える悪手)していしまい、以後はシェイマンのパワーのみが目立つ展開になり、最後は痛烈な3連打を食ってしまいました。
一方、中島は昨日(6戦全勝)に続いてエンジン全開で出場。ノルウェー代表がここ迄勝ち上って来たのは久しぶり(第1回決勝でノルウェーのチェス名人トマス・ヘイバーグが井上博と戦って以来のこと)ですが、エンジン全開の中島は鎧袖一触(がいしゅういっしょく)でホグランドにストレート勝ち!1局目3連打、そして2局目は何と4連打を見事に決めた1本勝ち!
III.決勝3番勝負の内容と結果(1999年10月30日午後)
第23回世界オセロ選手権大会決勝の檜舞台に登場したのは、午前の準決勝を勝った鉄腕(パワフル)・シェイマンと、調和の中島の東西の両横綱でした。シェイマンは決勝進出5回目(鬼神為則の5回と並んだ)で優勝1回の百戦錬磨(れんま)のオセラー、対する中島は、名人位(史上最強のオセラーの稱号!)を連覇した実績を持つオセロ王国日本のエースで初参加で初決勝進出。
或る事象の背後には、当事者の意志とは無関係な所で複雑な因果関係が潜んでいるものです。シェイマンと中島は10月30日の午前の準決勝で当った筈で、そうなったら多分中島が勝っていたでしょう。中島の大型エンジンがフル回転し出したのは10月29日の朝からで、当るべからざる勢いで唯1人全勝し、順位も7位から一気にトップに躍進して予選通過、翌日(10月30日午前)もその勢いで強豪ホグランド(シェイマンではなかった!)戦3番勝負も1本勝ち2連勝でケリ。但し、早く終ってしまったので、午後2時迄昼食をはさんで3時間近く待たされることになりました!
一方、シェイマンは3番勝負をフルに戦い、特に後半2連勝して気勢大いに上り、鉄腕(パワフル)エンジンフル回転の状態で決勝進出!
決勝第1局(黒・シェイマン対中島)シェイマンのX打ちのファインプレー!
原図I | は? |
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(実戦)中盤戦、シェイマンが放ったホワイトライン通しのX打ち! |
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右下は奇数ですから、偶数理論はX打ちしてよいと教えていますが、大切なのはそのタイミングです。シェイマンの打ったX打ちは絶妙のタイミング!形勢は互角でこれからは力比べになりました。……。(4石損。Cなら引き分け)、(2石損、C1なら4石リード)、そして(22石損の大悪手。正解は左下X打ち)、すかさず(ブラックライン通しの絶好のX打ち!)と打たれて白アウト!最後は〜の黒の4連打が痛烈!
決勝第2局(中島・シェイマン)“中辺の横取り”を見て中島の目がキラリと光る!
原図 II
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は?
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1図(実戦)中辺の横取り!中島の目がキラリと光った!!
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II 図(正解)白壁を破らず、黒もA打ちして手間ち。
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III 図(正解)そこで中辺の横取り。形勢全く互角。
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“中辺の横取り”、“X打ち”、“☆打ち”は好手にも悪手にも化けるオセロの三大変化(へんげ)です。実戦(1図)は、シェイマンが形に惚れて打った中辺の横取りですが、それが読みの裏づけのない変化(へんげ)なのを見破った中島の目はキラリと光りました。しかし、調和の中島は血気の中島ではありません。変化(へんげ)をすぐ攻めることはせず、まず自陣を固めのが先とA打ち!この悠揚(ゆうよう)迫らぬ堂々たる打ち方は流石第十世名人の貫禄です。
2図(実戦)とIII図(正解)とを比較してください。2図では白番、III図では黒番になっています。オセロではこの1手差が実は天地の差なのです。実戦はここから一気に黒有利に傾いて行きました。最後は、と連打で決めて黒の圧勝!1局目の大借りを全部返した上で、なおおつりが出た大戦果でした。
決勝第3局(中島・シェイマン)痛恨!打たなかった(打てなかった)X打ち!!
ついに勝負は第3局に持ち込まれました。この1局ですべてが決まる(引き分けなら中島優勝)。2局迄の石数に勝る中島に本局の石の選択権があり選んだのは黒。
エンジン全開の両雄の読み、勘は素晴しく双方一歩も引かず好手、妙手の応酬で期待通りの大熱戦となり、形勢全く互角のまま終盤戦に突入(原図III)。
原図 III
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は?
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I図(正解)打たなかった(打てなかった)幻のX打ち!
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実戦はから猛攻・好防の見事なつばぜり合いを続けて原図 III、ここで打った黒Bが悪手(6石損、正解は右下X打ち)で敗着。悪手は悪手を呼ぶといいますが、続いて打った(22石損、正解は左辺A)も大悪手で、白からの痛烈な3連打を食うハメになってしまいました。
調和の中島が何故X打ちを打たなかったのか?オセロのX打ちの謎は深まる一方です。
それにしても、オセロ王国日本代表の名手青木、中島を40分持ちの3番勝負で次々と破ったシェイマンの底知れぬエネルギーはやっぱり凄い!
☆表彰式、ディナーパーティー
世界オセロ連盟会長のJ.ベッカー氏よりMr.シェイマンに純銀製のワールド・チャンピオンカップ・賞状・副賞3000ドルが渡されて皆拍手!Mr.中島には副賞1500ドル、Mr.青木には副賞750ドル。
個人戦、団体戦(中島、青木、佐野の日本組が初優勝!)表彰後は、いつもながらの楽しい歓談。パリからは谷田邦彦七段(パイロット、元世界チャンピオン)も飛んできて、決勝を戦ったことのあるD.シェイマンと久しぶりの対面(写真)。
イタリアオセロ連盟の会長より、イタリア語のオセロの本を頂いたので、返礼にオセロ大観 I、II を贈呈したら、日本字(漢字)でサインしてくれとの御要望。……。
☆最近の中島哲也第十世名人…仕事に、家庭に、趣味(オセロ…他)に充実の毎日。日本屈指のオセラー・調和の中島は21世紀の舞台で全日本、世界のタイトルを狙う一方、オセロ普及、指導面にも力を入れている。中島氏主催の品川シーサイドオープンは誰でも参加できるオセロ大会(月1回、土曜、詳細は公式サイトhttp://seaside.othello.org/をご覧下さい)。
(2004年7月1日 長谷川五郎 記)
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