百人の物語 > (第16回)天は自ら助くる者を助く!


オセロ史を飾った百人の名選手の物語
(第16回) 天は自ら助くる者を助く!苦節十数年の努力実って、滝沢雅樹(名人戦)、村上健(全日本、世界大会)初優勝!!



1. 1996年(平成8年)のオセロ名人戦、全日本選手権、世界選手権

A. 春、第17期オセロ名人戦、滝沢雅樹新名人の誕生!(4月7日)
挑戦者選出大会(3月31日)で滝沢雅樹八段が優勝!
人工衛星から眺めたオセロの名人戦、全日本選手権、世界選手権
継続は力なり。滝沢雅樹、念願の名人位獲得!
名人決定4番勝負 第1局、第2局、第3局、第4局
(坂口和大名人 対 挑戦者・滝沢雅樹八段)
第4局終盤の研究(滝沢八段も解らなかった難しいこの局面!)
第4局(1図)のは?
1図からの正解手順 (読みと偶数理論)、白6石勝
1図からの実戦経過 の3手の悪手で白8石損

B. 夏、第24回全日本オセロ選手権大会、村上健五段感激の初優勝! (1996年7月28日.於日本青年館)
無差別の部ベスト8一覧 ←A〜P各リーグ優勝者16人
村上 健五段、15年の努力実って見事初優勝!
艱難汝を玉にす (村上健の歩んだ百里の道)
 ……高校生の時全日本ベスト4(1983年夏)
 ……大学生の時全日本ベスト2(1987年夏)
 ……鉄は熱いうちに打て!情勢の変化、苦難の道!
突如武蔵(たけぞう)から武蔵(むさし)に大変身!全日本初制覇した村上健!
全日本オセロチャンピオンになるための条件 I、II、III
……条件IIIだけに焦点を絞ってその戦いの内容分析
  鬼神・為則、魔術師・末國を破った芸は正に宮本武蔵(むさし)
  第八世名人・坂口和大を幸運の“引き分け勝ち”で破る!
  北島五段戦ではピンチの時追い風!
無差別の部特選4局 (第24回全日本オセロ選手権、1996.7.28)
決勝(末國対村上)、準決勝(末國対中島、北島対村上)、準々決勝(村上対坂口)
白は風前の燈火(ともしび) (北島対村上の終盤・原因)、村上健絶体絶命の大ピンチ!
原図は? 原図からの正解手順…コロンブスの卵
原図からの実戦…24石損の大悪手、逆転!

C. 秋、第20回世界オセロ選手権大会・10年振りに日本で開催!
(1996年11月8日〜10日、於東京パレスホテル)
予選リーグ上位4名による決勝トーナメント(11月10日、持時間各40分)
 日本代表・村上健が優勝!
 
ぼっぱつ
件勃発! 準決勝第1局で村上破る!
しかし、見事に立ち直って、以後破竹の4連勝!
予特選10局(左側の選手が先番)
I、 予選リーグ特選(5局)…世界選手権に出場したあと2人の日本代表
II、 準決勝3番勝負(3局)
III、 決勝3番勝負(2局)
人生は出会いで始まる。オセロは出会いの輪を広げる!

2. オセロ最近の話題
I、 水戸祭りオセロ大会 (2004.3.13)
II、 盲人オセロ全国大会 (2004.3.21)
III、 第25期オセロ名人戦 (2004.3.27)




(第16回) 天は自ら助くる者を助く!苦節十数年の努力実って、滝沢雅樹(名人戦)、村上健(全日本、世界大会)初優勝!!


1. 1996年(平成8年)のオセロ名人戦、全日本選手権、世界選手権

A. 春、第17期オセロ名人戦、滝沢雅樹新名人の誕生!(4月7日、(日)

挑戦者選出大会は、3月31日(日)に全国の地区オセロ名人14人と、シードの全日本(世界)チャンピオン為則英司九段、前名人・末國誠六段の2人を加えた計16によって戦われました。



人工衛星から眺めたオセロの名人戦、全日本選手権、世界選手権

 “名人=史上最強の男”と銘打って、オセロ名人戦が始まった1980年3月の時点で全日本オセロ選手権大会は7回、世界オセロ選手権大会も既に3回開催されており、当時はオセロの本家日本が圧倒的な強さを持っており、文字通り、“全日本チャンピオン=世界チャンピオン”でした。一方、全日本選手権無差別の部は、全国各地代表64人が一堂に会して1日でチャンピオンを決める方式、短い持時間(20分ずつ)の1局打ちの連続(7連勝がチャンピオンになる条件)の強行軍。これでは運の入り込む要素も大きく(黒が当たるか白が当るか)、実際全日本チャンピオンの顔も毎回変り続けています。

 現・元世界チャンピオンと厳選された少数の地区代表によって第1期名人戦(持時間30分ずつ)が1980年3月30日に開催され、北海道代表の河村末告三段(19才、北大生)が優勝、“史上最強の男”第1号になりました。以後、名人戦は2日制(全日本選手権大会は1日制)を採用。時の全日本(世界)チャンピオンと、厳選された少数の地区名人による挑戦者選出大会で1日、名人決定4番勝負で1日。4番勝負なら黒白互いに2局ずつ持てますし、2勝2敗になっても獲得総石数の比較によって判定勝ができる合理性!そこに実力以外に運の入り込む余地はなく、不等式の理論によって、“名人=史上最強の男”の地位も連綿と引き継がれることになりました。

 名人戦は、全日本選手権や世界選手権と比べても、全く遜色がない高レベルの棋戦で、第17期名人戦挑戦者決定戦ベスト4に残った上記の4人のオセラーの顔ぶれを見ても、いずれも一騎当千の強者(つわもの)達です。第一、もうそこに世界チャンピオン為則英司の名がない!

 滝沢、金田は世界チャンピオンの経験はあるが、名人は未だ。末國は名人2期の経験はあるが、全日本上位は未だ。北島は全日本2位になったことはあるが、タイトルは未だ。……結局、滝沢雅樹が優勝して坂口和大名人と4番勝負を打つことになりました。

継続は力なり。滝沢雅樹、念願の名人位獲得!


4番勝負第1局闘牛

第2局

第3局闘牛
挑戦者 滝沢 38
名人 坂口 26
坂口和大 40
滝沢雅樹 24
滝沢雅樹 40
坂口和大 24


第4局虎3


坂口和大 36
滝沢雅樹 28

坂口名人(左)と滝沢八段。
名人戦史上まれに見る熱戦を展開。4局打って2勝2敗、獲得総石数その差僅か4石で滝沢挑戦者が勝!

名人戦出場12回、挑戦者になること4度目にして、終に念願の名人位獲得!“継続は力なり”を身をもって示した滝沢新名人。

第4局終盤の研究(滝沢八段も解らなかった難しいこの局面!)


(1図)
第4局
は?

 挑戦者・滝沢雅樹八段は、既に全日本選手権優勝2回、世界選手権優勝2回という赫赫(かっかく)たる実績を誇る一流オセラーですが、名人位だけはどうしても手が届きませんでした。

 尤も、今迄3度挑戦して敗れた時の名人が、昇り竜・石井健一、全盛期の鬼神・為則英司、宇宙感覚の手塚博久でしたので、止むを得なかったのかも知れません。

 そして、今回、4度目の挑戦!3局迄順調に事が運んで、4局目1図も白優勢。念願の名人位ももう手の届くところにある!

(注)第3局迄の経過は、滝沢挑戦者2勝1敗、石数で12石リード。
第4局は白が滝沢。

第4局(1図)からの正解手順(読みと偶数理論)


はこの1手!読みが伴わなければ打てない手。

最強の抵抗。

奇数空きは左上隅だけ。が最善手!


最善手

最善手

黒に☆打ちされても


白は天王山に打って手待ち。

黒に再び☆打ちされても

白も再び天王山に打つ!白6石リード(正解終了図)

 正解終了図では、右下と左下の空き隅は両方共偶数(2個)であり、そこに黒から先着しなければならないので、白の勝勢です。

 しかし、実戦では、ゴールを目前にして挑戦者滝沢の歩調が乱れました。1図から、時間もあまりなくなり、読み切れぬまま、偶数理論に頼って打った☆打ちが6石損の悪手でたちまち引き分けの形勢。と打ったからには迄は一瀉千里ですが、ここで又白の打ったが偶数理論に反した4石損の悪手(正解は偶数理論に従って上辺右のC打ち)で、白は一気に敗勢へ。そして、又、又が4石損の悪手(正解はX打ち)!

 結局、白は第4局を8石差で負けましたが、3局迄の貯金12石が残っていた幸運!かくて、滝沢雅樹は名人になりました。それは石井健一八段、為則英司九段に続く史上3人目の三冠(名人、全日本、世界)達成の快挙でした。

B. 夏、第24回全日本オセロ選手権大会、村上健五段感激の初優勝!
(1996年7月28日、於日本青年館)

☆無差別の部ベスト8一覧

ベスト 出場 職業
村上 健 31 13 教員
末國 誠 18 11 大学生
中島哲也 25 10 大学院
北島秀樹 32 13 会社員
的場久典 19 4 大学生
坂口和大 29 16 会社員
木内秀行 30 8 弁護士
内藤好人 26 7 酪農業

 大会開始に先立ち、世界チャンピオン・為則英司九段にその偉業(全日本5回、世界5回、名人3回制覇)を賛えて、最優秀オセラー賞が贈られました。この記録は現在もまだ破られていない不滅の大記録です。

 さて、大会結果の上記全日本オセロ8傑の中に、現役の名人(滝沢)と世界チャンピオン(為則)の名が載っていない!?しかし、こういう事例が決して珍しくないのが全日本選手権です。その謎を解く鍵を示したのが一段階前の上記ベスト16です。いました、名人・滝沢、世界チャンピオン・為則、第15代世界チャンピオン・金田、第21代全日本チャンピオン・滝沢信行……等が唯1度そこで負けただけで姿を消していったのです。その又前段階のA〜P各リーグで1位になれず、早くも午前中にそこで姿を消してしまった48人の選手の中にも毎年多くの強豪がいます。具体例を示したのが、最近の第31回全日本オセロ選手権大会(2003年8月2日)の午前のリーグで早くも姿を消してしまった全日本チャンピオン・駒野達也(優勝者・後藤宏に負け)や九段・為則英司(名人・末國誠に時間切れ負け)等で、当連載第9回で詳述してあるのでそちらをご覧下さい。

 黒を持つか白を持つかも運任せの1番勝負の連続、短い持時間、どの段階でも1回負けたら即アウトで強豪もどんどんと姿を消して行く全日本選手権大会の修羅場(しゅらば)を踏んで、唯1人7連勝で優勝するには、実力の他に運(追い風)も重要な要素です。その追い風に巧みに乗って、村上健五段は実に15年ぶりに初めて大空高く舞い上ることに成功!!

 かんなんなんじをたまにす
艱難汝を玉にす(村上健の歩んだ百里の道)村上健は、高校生の時、既に第11回全日本ベスト4に入ったことのある実力者。その時(1983年、夏)は、準決勝で昇り竜・石井健一に力負けし、石井はそのまま全日本、そして世界制覇。しかし、“百里の道は九十九里をもって半ばとする”と格言にもあるように、全日本ベスト1とベスト4との差は月とすっぽんで、それは要するにチャンピオンかチャンピオンでないかの差です。その時の昇り竜・石井の巖のような強さは、ズシンと村上の骨身にこたえました。これが全日本、世界を制する者の強さなんだ!石井は翌年春(1984年)には名人も手中に収め、史上初の同時三冠王(全日本、世界、名人)になり、そこから名人を連続3期続けました。

 石井健一の大活躍を横目で見ながら、村上健は着実に研鑽を積んで、毎月の関東オープンA級にも必ず出場、発想の転換を求めて国外のオセロ大会にも出場して1985年夏には第2回パリ・国際オープンオセロ大会で優勝(第1回の優勝者はフランスの世界チャンピオン、ポール・ラル)。勿論、名人戦や全日本オセロ選手権大会には、毎年その前段階の東京都地区予選から出場し続けました。

 そして4年、その努力の甲斐(かい)あって村上健五段に再び大チャンスが訪れました。第15回全日本オセロ選手権決勝1番勝負、初めて上ったこの大舞台、慶応大学英文科の学生の若さ漲(みなぎ)る村上健、絶好のチャンス!天の配剤か奇しくも、その対戦相手はあの4年前に敗れて涙を呑んだ宿敵・石井健一七段!日本では、昔から仇討ちは武士の鏡として素直に世間に受け入れられ、赤穂四十七士、曽我兄弟の仇討ち、荒木又右衛門の伊賀越(いがごえの)仇討三十六人切り等は、それを題材とした感動を呼ぶ小説や戯曲も多く書かれています。

 時は1987年8月2日、第15回全日本オセロ選手権大会決勝1番勝負の大舞台に共に6連勝で登場した石井健一七段と村上健五段。期待通りの大熱戦を展開し、闘魂の村上の怪力に流石の昇り竜・石井も力負けして後退、終盤では村上勝ちの局面になりました。しかし、現実はあく迄も冷厳でした。オセロは終盤も奥深く複雑で、しかも短い持時は残りわずか。ここで村上の打ったが九仞(きゅうじん)の功を一簣(き)にかいた大悪手で形勢はこの1手で逆転し、村上は長蛇(ちょうだ)を逸(いっ)しました。残念!返り打ち!
(この所は当連載第11回でその局面・総譜・写真もつけて詳述)。勝って全日本チャンピオンになった石井健一は、秋の世界選手権大会でも再び優勝!

……鉄は熱いうちに打て!情勢の変化、苦難の道!

 世界の祭典オリンピックとは、アマチュアの競技で、そこで求められるのは名誉であってお金ではありません。優勝者は世界一という名誉に満足し、その証(あかし)となる金メダルも表面を金メッキしたものです。オリンピック発祥の地は古代ギリシャです。現在オリンピックは4年に1回各国持回りで開催されてます。

 オセロの発祥の地は日本。オセロのオリンピック・世界オセロ選手権大会はその第1回が日本で開催され、以後毎年世界各国持回りで開催されてます。“鉄は熱いうちに打て!”といいますが、絶好のチャンスを掴んだ実力者のみが日本一、世界一になってます。逆に絶好のチャンスを掴みそこねた実力者(準優勝者)に再び絶好のチャンス(決勝進出)が巡って来た例は何故か皆無に近い。全日本2位の下原章憲、山下和秀、高崎禎夫、太田彰一、北島秀樹、片山雄二…等の名選手、世界2位の三村達也、谷口良一、世界4位の滝沢信行等の全日本チャンピオン達の場合も同じ。

 上記のように、村上健が全日本2位になったのが1987年。怪力村上健が再度全日本決勝の大舞台に登場したのが何と9年後の1996年31才の時です。その間毎年名人戦や全日本選手権大会にも出場し続けましたが、目立った活躍もなく、1年、又1年と過ぎていきました。情勢は変化し、若手の台頭も著しく、社会人としての仕事も忙しくなる一方という環境の中でも怪力村上健はいつも全力で戦ってきましたがよい結果はでません。全日本オセロ選手権では、前年(1995年夏)は神奈川代表、31才の橋本康訓に予選リーグで敗れ、前々年(1994年夏)も同様(予選Bリーグで静岡代表の大学生・小塚勝彦三段に敗れる)、前々々年(1993年夏)も同様(予選Nリーグで初出場の関西代表の大学院生・福井誠二に敗れる)…。どんな社会でも、日本一・世界一になった者がそれを維持するのは大変なことです。シドニー・オリンピック女子マラソンで見事優勝した高橋尚子でさえ、次のアテネ・オリンピックの日本代表3人の中に入れませんでした。まして、シドニーで高橋尚子と一緒に走った他の2人の女子選手の名を覚えている人は殆どいないでしょう。村上健も第2位だけの記録で終るのか?

たけぞうむさし
如武蔵から武蔵に大変身!全日本初制覇した村上健!

 オセロは、次のI、II、IIIの条件を満せば、誰でも全日本チャンピオンになり、日本代表として秋の世界オセロ選手権大会に出場できます。

I、 毎年6月〜7月に行われる各地方ブロック予選に出場してブロック代表になる。 東京ブロックの例は1次、2次予選迄あり、無差別の部出場枠は14名(2003年の例)。
II、 本戦参加の無差別は64名。4人ずつA〜Pの16組に分れる。同じブロック代表が同じ組に入ることはない。各組4人が総当りして、1位の者計16人が午後の決勝トーナメントに出場。
III、 決勝トーナメントで4連勝する。

大変身した村上健には運も味方した(追い風も吹いた)

 ここでは条件IIIだけに焦点を絞ってその戦いの内容も分析してみます。緒戦で全日本(世界)チャンピオン・為則九段と当って大熱戦の末、初勝利を収めた意義は大で、これでハズミがつきました。決勝の新鋭・末國六段との戦いも並べて頂ければ明らかですが実に堂々たる勝利。鬼神・為則、魔術師・末國に回(まわ)しを与えないで、一気に寄り切った芸は正(まさ)に宮本武蔵!昨年迄の村上(武蔵(たけぞう))なら、力にまかせて真っ向から勝負して行ったでしょう。

 しかし、全日本を制するのには、実力の他に運も追い風も必要です。相手だって一流の芸を持っている!第八世名人・坂口和大戦は引分でしたが、何たる幸運、“引き分け勝ち”の権利が村上の方にあった!日本だけしかないこの特殊ルールによって村上健は準決勝へ!

 準決勝の北島秀樹戦は白の村上の形勢不利のまま終盤に突入。北島五段は第9回全日本オセロ決勝で丸岡秀範に2石負(丸岡はその年秋の世界選手権で2回目の優勝)してから15年、強い、強い(第22回全日本4位・1994、第17期名人挑戦者選出大会4位・1996)といわれながら名人挑戦になったことはなく、全日本決勝の舞台に再び上ったこともなく、今ここで勝てば、実に15年ぶりの決勝進出!しかし、現実では、その時、突然一陣の強風が吹きつけ、それは北島に逆風、村上に追い風となりました。逆転!(原図参照)。

無差別の部特選4局 (第24回全日本オセロ選手権1996.7.28.)


決勝闘牛

準決勝虎1

準々決勝闘牛
末國 誠 25
村上 健 39
六段 末國 誠 35
四段 中島哲也 29
五段 村上 健 32
六段 坂口和大 32
(黒:引き分け勝ち)

準決勝(黒)北島 対 村上(白)
原図   は?



白は風前の燈火(ともしび)(原図)、村上健絶体絶命の大ピンチ!
 原図の局面を前にして、村上は“人事を尽くして天命を待つ”心境だったと思います。「どう見ても形勢は我に利あらず。為則九段に初めて勝った奇跡、坂口六段に引き分け勝ちした幸運も終にここ迄か?これに勝てば9年振りの決勝進出だったのに…。」

 しかし、それは北島も同じこと。15年振りの決勝進出を目前にして緊張。ここで大悪手を打ってしまったのです。
(正解手順)ちょっと気付かぬ豪快な仕掛け!
取る1手
天王山作りのための好手




天王山が出現!
黒、天王山に打って手待ち、白アウト






コロンブスの卵

 正解手順を見れば、コロンブスの卵で、「何で北島五段ほどの名手がこう打たなかったのだろう?」と不思議に思う人もいるでしょうが、それが研究と実戦の違いです。午前から強豪相手に打ち続けて6局目の疲れ、刻一刻と迫ってくる短い制限時間!正解の迄読み切らなければ勘ではとても打てない手だったのです。



原図からの実戦
24石損の大悪手、逆転!1

好手!1図

準決勝闘牛
北島秀樹 (東京) ×
村上 健 (東京)
黒時間切れ。白の中押勝


 実戦は、どうやっても勝と思った黒が勘で打った勝負手のX打ちですが、これに対しが黒の狙いを全部消した旨い手で、1図ではもう白勝ちの局面!事の重大性に気づいた黒は、考えてと勝負手を打ちましたが白に全部最善手で応じられ、逆にが悪手(正着は左下☆打ち)で差は開きました。黒の時間切れの局面は白16石リード、原図は黒20石リードですからから迄の9手の間に黒は36石損したことになります。実戦の厳しさ!
 結局、X打ちの1手がオセロの歴史を変えたのです。X打ちの謎は深まるばかりです。

 村上健五段は初めて日本一になり六段に昇段、秋の第20回世界オセロ選手権大会日本代表として今度は世界一を狙うことになりました!

C. 秋、第20回世界オセロ選手権大会・10年振りに日本で開催!
(1996年11月8日〜10日、於東京パレスホテル)

 “継続は力なり!”各国持回りで開催されているオセロのオリンピック・世界オセロ選手権大会は既に27回、数々のドラマを演じながら現在(2004)迄に27人の世界チャンピオンが誕生しています。オセロ発祥の地・日本で第1回世界オセロ選手権大会が開催(1977)されてから、第10回大会(1986)、第20回大会(1996)、第30回世界大会(2006年秋)…が日本開催です。

予選リーグ上位4名による決勝トーナメント(11月10日、持時間各40分)




世界4強勢ぞろい!左から2位ニコレ、1位村上、4位ファインスタイン、3位エドミード

 オセロで先手(黒、Black)がよいか、後手(白、White)がよいかは不明。世界選手権大会決勝3番勝負では9割の確率で最初に勝った者が第2局目も勝っています(黒、白共)。又、3番勝負で1勝1敗になった時、第3局の石の選択権は2局目迄の獲得石数の多い方にありますが、上記の準決勝第3局では、村上は白(W)を選び、ニコレは黒(B)を選んでます。

 鬼神・為則は世界選手権決勝トーナメント3番勝負に10回出場して20連勝(黒で10連勝、白で(10連勝)してます。弘法筆を選ばずです。

___ ぼっぱつ
事件勃発! オセロ日本一になる事を夢見て努力すること15年、少年から青年、大人になって終に感激の日本一になった村上健が、今度は世界選手権の初舞台で2日間で13局打つ強行軍の末獲得した大会3日目の決勝トーナメント3番勝負出場権(ここ迄来られなかった日本代表も今迄いる)!しかし、ここで事件が起こりました。大会3日目の準決勝3番勝負第1局を村上健はイギリスチャンピオン・エドミードに負けてしまった!!

決勝3番勝負第2局目を厳粛な雰囲気の中で打ち進める村上健(左)とニコレ(イギリス)。テーブル上の両国の旗。 記録・五十嵐利幸(理事)。後方に写っているのは立会人の井上博(左、初代世界チャンピオン・八段)、筆者、…菊島正夫(右端、常任理事)

今迄大会初出場で3番勝負第1局を負けた日本代表(全日本チャンピオン)は皆第2局も負けてそこでアウトになっています。それが世界の檜舞台の重圧というものなのでしょうか?……三村卓也(アメリカのサーフに連敗)、谷口良一(フランスのラルに連敗)、滝沢信行(フランスのカスパールに連敗)等の名選手の顔がちらりと頭に浮かびました。

 第1局と第2局との間には10分の休憩があります。手洗いに立った村上選手が控室の前を通りましたが、誰も声をかけた人はいません。否、声をかけられるそんな状態でなかったのです。……。しかし、ここで何故か摩訶不思議(まかふしぎ)の力が働いて、村上健は見事に立ち直り、以後は宮本武蔵のような二刀流(正確な大局観と読み)で一気に4連勝して優勝!  村上健に“読みの村上”のニックネームがついたのはその時からです。

特選10局(左側選手が先番)

I、 予選リーグ特選
(5局、11月8、9日)

II、 準決勝3番勝負
(3局、11月10日)

III、 決勝3番勝負
(2局、11月10日)


世界選手権に出場した、あと2人の日本代表
大柳真咲五段
第24代全日本女子チャンピオン
東京、会社員
西村 隆四段
第24代全日本少年少女オセロチャンピオン
東京、中学1年


I、予選リーグ特選5局 (持時間各30分)


予選1回戦(11/8)虎1

予選2回戦(11/8)闘牛

予選3回戦(11/8)兔1
村上 健 45 19 大柳真咲
西村 隆 17 47 村上 健
S.ニコレ 45 19 西村 隆

予選8回戦(11/9)闘牛
予選10回戦(11/9)虎1


B.アンドリアーニ
(マダガスカル)
30 34 大柳


村上 26 38 J.ファインスタイン
(イギリス)

 日本の無差別チャンピオンと女子・少年少女チャンピオンの対戦! フランス・チャンピオン・ニコレ対西村少年、イギリスNo.2のファインスタインに村上が敗れた熱戦譜、マダガスカル代表と日本女子No.1との対戦譜。どれも並べて見ると面白い!


II、準決勝3番勝負 (A組の3局、持時間各40分、1996.11.10)


A組第1局虎1

A組第2局闘牛A

A組第3局闘牛A
村上 31 33 エドミード
エドミード 26 38 村上
エドミード 29 35 村上

 背水の陣で戦ったイギリスチャンピオンのエドミードとの準決勝第2局、第3局(どっちを負けても総てアウト!)に連勝した村上健は、「第3局は我が生涯の傑作」と語りましたが、なる程、後のないギリギリのこの1局で相手に4隅(☆)全部を取られて(与えて)も、なお悠然と勝ってしまったこの度胸と読みの深さ!この第3局は、「オセロの勝ち方(河出書房新社刊、長谷川五郎著)」に詳述してあるので、そちらを御覧下さい。

III、決勝3番勝負 (持時間各40分)

第1局
第2局


村上 健 50.5 13.5 S.ニコレ


S.ニコレ 29 35 村上 健

 文字通りの背水の陣の修羅場(しゅらば) を1局、又1局と乗り切って弾みのついた村上は、決勝ではフランスチャンピオンのニコレを圧倒して初優勝!!
 ビクトリディナーの時の流暢な英語での挨拶も印象的でした。



最近の村上氏と家族。前述した幸運の女神とは実は利永子夫人のことです。最近めぐみちゃん(4才)が初めてオセロを打ったと楽しそう。耕介君(1才)も加わって賑やか。仕事(麻布学園の英語の先生)、家庭、趣味(オセロ、その他)と充実の毎日。

人生は出会いで始まる。オセロは出会いの輪を広げる!

“金剛石(こんごうせき)(ダイヤモンド)も磨かずば玉の光はそわざらん。人も学びて後にこそ真(まこと)の徳は現わるれ。…”は昭憲皇太后の御歌ですが、その通りで、“才能+努力”は人間としての基本条件。そこに人としての出会いが加わって人生は千変万化します。夫婦の出会いも然り。

 為則英司九段(京セラ勤務)と千晶夫人の出会いは同じ職場。千晶さんと利永子さんは同じ会社勤務の友達。為則夫妻の紹介で知り合った東京の村上氏と京都の利永子さん、その出会いが村上氏の才能と努力に大輪の花を咲かせ、オセロに新たな歴史を刻むことになりました。

 現在(2004.4.1)、世界オセロ選手権大会で2回以上優勝した名選手は5回為則英司、3回村上健、D.シェイマン、2回井上博、丸岡秀範、滝沢雅樹、の6人です。

2. オセロ最近の話題

 外国のオセロ連盟はオセロ愛好者が集まって技を競い合って各国のオセロレイティングを作り、世界チャンピオンも狙おうというもの。日本オセロ連盟は広く普及面にも力を注いできました。全日本オセロ選手権大会は既に31回開催されていますが第1回から女子の部、少年少女の部も作ってファンの育成にも力を注ぎ多くの名選手も生まれました。

I、水戸祭りオセロ大会 (2004年3月13日、土曜) 主催水戸商工会議所

 水戸(みと)に因んで三(み)月十(と)日頃行われる水戸祭りにオセロが取り入れられて3回目。昨年は第21代世界チャンピオン・末國誠七段対一般ファンとの10面打ちが好評。今年は全日本女子チャンピオンの堀内恵子五段(第11代)、佐野洋子五段(第27、28代)とファンとの3面打ちが好評でした。筆者と同時対局した同級生の3人の小学生の1人がくれた3枚の“納豆せんべ”はおいしかった!水戸納豆、梅羊かん、水戸黄門等の水戸名物の1つに、水戸祭りオセロ大会とチャンピオンと百人のファンとの対局が育って行けばと願ってます。

II、盲人オセロ全国大会 (2004年3月21日、於新宿郵便局9階会議室
主催・NPO盤友引力 後援・新宿区、新宿区教育委員会)

 日本オセロ連盟と日本点字図書館が共に育てた全日本盲人オセロ選手権大会は第20回をもって卒業、即ち以後は盲人チャンピオンも全日本選手権や名人戦にも出場し、マスターの部などで善戦してます。

 現在はNPO盤友引力主催で盲人全国大会が行われてます。優勝者野尻誠氏には、日本オセロ連盟より初段が贈られました。初段の認定書を読んで渡して固い握手を交わした時、野尻新初段の喜びが伝わってくるのでした。

III、日本オセロ連盟主催・第25期オセロ名人戦 (2004年3月27日、土曜、於代々木オリンピックセンター)は、次回本欄で。






(2004年4月1日 長谷川五郎 記)




百人の物語 > (第16回)天は自ら助くる者を助く!

トップページへ戻る
トップページへもどる


Copyright(C) 2004 Japan Othello Association All rights reserved.